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東京地方裁判所 平成7年(ワ)9707号 判決

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

一  被告は、原告が製造販売する別紙目録(1)記載の各商品が製造中止になったとの事実を文書又は口頭で第三者に陳述・流布してはならない。

二  被告は、被告発行の広報紙「広場」紙上に三回、別紙目録(2)記載の文案により、標題及び当事者双方の社名と被告代表取締役名は四号活字、その他の部分は五号活字を使用した広告を掲載せよ。

三  被告は、原告に対し、金二億円及びこれに対する平成七年六月一〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告から化粧品を仕入れて傘下の会員に販売してきた被告が、その会員に対し、「従来の原告製品は製造中止になった。原告は総額一一億円の負債を抱えている」等と虚偽の文書を配布して原告の信用を失墜させた上、原告製品に代えて被告製品を会員に販売することにより、原告の顧客を喪失させ、原告に損害を及ぼしたと主張して、原告が被告に対し、不法行為に基づき、謝罪広告の掲載、虚偽の事実の宣伝の差止め並びに損害賠償金の内金二億円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成七年六月一〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。

一  争いのない事実等

1 当事者

(一) 原告(現代表取締役上岡淑郎)は、化粧品、化粧品材料の製造販売及び輸出入等を目的として昭和五一年七月に設立された株式会社であり、創業当時の代表取締役は荒平達男(以下「荒平」という。)であった。

(二) 被告(代表取締役小久保宜英)は、昭和五四年五月一〇日、化粧品の製造、販売等を目的として設立され、平成八年八月八日、株式会社サロン・ド・ジュポンから株式会社サンミモレ化粧品総本舗に商号変更した株式会社である。

2 両者の業務形態

(一) 原告が製造した化粧品類の販売形態は、被告を含めて各販売会社、販売特約代理店(以下「販売会社等」という。)に卸販売し、更に販売会社等が顧客(主に美容院)に小売販売するというものである。

(二) 被告は、昭和五四年の設立以来、平成六年一〇月一二日まで、会員制の無店舗販売方式により、専ら原告の製造する化粧品を仕入れて販売してきた。被告は、自らの販売先を「会員」と位置づけ、会員が一般消費者に小売販売するという業務形態をとっている(以下、被告の販売先を「会員」という。)。

3 被告による本件各文書の配付

被告は、平成六年一〇月ころ、会員に対し、「商品の在庫表」及び「商品一覧表」と題する書面を、「機密情報『ジュポン化粧品ブランド』が廃止とその後の経過報告!」と題する記事を掲載した「母体会報」と題する被告発行の会員情報誌(以下「母体会報」という。)を、同年一一月ころ、会員に対し、会員に対する「広場」と題する広報誌(以下「広場」という。)をそれぞれ送付した(以下、右各文書を併せて「本件各文書」という。)。

本件各文書中には、「(被告が販売していた原告の製造に係る化粧品を列挙した上)上記は、旧ジュポン化粧品の在庫表です。美を創るサークル、サロン・ド・ジュポンではサンミモレ=SANMIMORE=ブランドで逐次、サンミモレ製品を登場させて商品移行を行っております。サンミモレ製品登場までの間に万一、旧製品が品切れを起こす場合が考えられますので旧ジュポン製品がご入用の方はお早目にお申し込み下さい。」、「事情によりジュポン化粧品ブランド製品(廃止商品一覧表中の☆印)は平成6年6月を以って製造中止となりました。よってサロン・ド・ジュポンはサンミモレブランド製品=SANMIMORE=に逐次、製品チェンジを行っております。この間、万一廃止製品が品切れを起こす場合が考えられますので☆印製品がご入用の方はお早めにお申し込み下さい。」、「機構情報『ジュポン化粧品ブランド』が廃止とその後の経過報告!」という表題の下に「平成6年6月でジュポン化粧品ブランドがなくなり、旧ジュポン商品は同封の旧商品の在庫表だけとなりました・・・母体会員各位におかれましては万一、品切れを起こす場合が考えられますので旧商品をご入用の方は出来るだけお早め目に、ご注文をお願い致します。」、「只今、サロン・ド・ジュポンでは、従来のジュポン化粧品ブランドがなくなったのを機会に、独自ブランド『サンミモレ化粧品』をつくり順次に移行中であります。今迄のジユポン化粧品は今年6月を以って製造が打ち切られ、現在は残り在庫品だけとなりました。此の度、登場のサンミモレGスキンケアシリーズは従来のエレガンススキンケアシリーズに代わるものです。このように今後はサンミモレ化粧品に統一されることになりますので尚一層のお引立てをお願い申し上げます。」という各記事(以下、併せて「本件第一記事」という。)が存在し、また、「現在、負債総額一一億円も背負っているルール化成(株)が、この不景気に一つの商品でも製造するのは大変な時に更に多額の借金をして、『へたな鉄砲数打ちゃ当る』式に商品を造ったら前途はどうなってしまうのか不安でなりません・・・サロン・ド・ジュポンが完全に抜けてしまったらルール化成(株)の行先は二年と持たないと私は思います。」という記事(以下「本件第二記事」という。)が存在する。

二  争点

1 被告の違法行為(本件各文書の虚偽性及び読者に与える印象等)

【原告の主張】

(一)  原告の製造する化粧品は一般化粧品店ではなく、主に美容院で販売されており、消費者は普段利用している美容院から勧められて原告の製品を購入し、その品質を気に入った場合に継続的に原告製品を購入するという関係にある。そして、被告は、原告の販売特約代理店として設立されて以来、原告のジュポン化粧品を会員に販売し、その会員が右消費者に小売販売するというシステムを採用していた。ところが、被告は、遅くとも平成六年に至り、自社ブランド製品であるサンミモレ化粧品(ジュポン化粧品と色の名称、効能、色の組合わせ、色番号が全く同一)を右システムを利用して販売するため、原告の信用を失墜させ、従来から使用していた原告製品が製造中止になったなどと、会員のジュポン化粧品愛用者に思い込ませることにより、その購入意欲を喪失させ、代わりに自己のサンミモレ化粧品を購入させようと企てた。

(二)  そこで、被告は、原告が平成六年六月以降も「ジュポン化粧品」という総称のもとにスリーハートマークを付した別紙目録(1)記載の各商品(以下「本件商品」という。)の製造販売を継続しており(被告自身も本件各記事を配付後も原告にジュポン化粧品を発注している。)、同年一一月ころの原告の負債総額が支払手形等の短期の流動負債を入れても八億八〇〇〇万円余りであり、通常「負債」といわれる長期固定負債に限れば六億三四〇〇万円余りであったにもかかわらず、殊更、一般の読者である会員に対し、原告が全化粧品製造ないしジュポン化粧品の総称に係る一群の化粧品の製造を中止したという印象(単に原告が化粧品に「ジュポンの商標を付すのをやめた」というものではない印象)を与える本件第一記事及び原告が多額の負債を抱えており、その経営状態に重大な不安が存在するという印象を与える本件第二記事を作成、配付した。

(三)  右虚偽の本件各記事の配付により、原告の信用は失墜したのみならず、会員らは、被告からはもとより、他の販売会社からも原告製品を入手できなくなったと誤信して、やむなく被告の「サンミモレ」化粧品を購入することに移行したため(右行為がなければ、仮に被告が原告との取引を中止しても、会員は原告製品を扱う他の販売会社等から原告製品を継続して購入したと考えられる。)、原告は被告ないし他の販売会社を経由して原告製品を販売することができなくなった。

(四)  右(一)ないし(三)によると、被告の右行為には高度の違法性があるから、被告は不法行為責任を免れない。

【被告の主張】

(一)  内容の真実性

(1) 原告は「ジュポン」ブランド以外にも複数のブランドの製品を製造販売しており、原告が現在製造販売しているのは、「ジュポン」ブランド以外の「フォセット」、「ナチュラルスィート」等の各ブランドである。「ジュポン化粧品」は、原告の製造販売している製品群の総称ではないから、原告が別紙目録(1)の各商品と中味が同じ製品を製造しているとしても、右各製品は被告が本件各文書において製造を中止したと摘示した「ジュポン化粧品」、「ジュポン化粧品ブランド製品」ではない。

(2) 被告代表者は、原告代表者から原告が約一一億円の負債を抱えている旨を聞いていたし、原告の平成三年度中間決算書でも同事実を碓認したのであるから、被告の摘示した事実はいずれも真実である。仮に、そうではないとしても、被告が真実と信じたことについては相当の理由がある。

(二)  目的の正当性

企業は公の存在であり、その負債額等に関する情報は企業社会の健全な発展の上で欠かせないものであるから、企業社会の健全な発展のために企業経理を開示することには公共性があり、その目的は公益性がある。

(三)  配付先と態様

本件各文書は、被告の販売組織の一員である会員向けの内部文書であるから、読者に与える印象は一般人ではなく会員を基準にすべきところ、会員は他のブランドと区別された原告の「ジュポン」ブランド化粧品を認識しているから、被告の会員が、本件各文書により、原告が「ジュポン」ブランド以外の一切の化粧品の製造販売を止めたとまでは認識することはない(本件第一記事は、「ジュポン」及び「スリーハートマーク」の商標を付した化粧品の製造販売を中止した旨を摘示したものであり、本件第一記事によって、会員たる読者が、原告において全化粧品の製造を中止したため、原告製品全ての入手が不可能になったという印象を抱くことはない。)。したがって、会員以外の者についてもこの認識以上の事柄が伝播することはあり得ない。

(四)  右(一)ないし(三)によると、被告の行為に違法性はないから、不法行為が成立する余地はない。

2 損害等

【原告の主張】

(一)  差止め

被告の虚偽事実の告知・流布行為の執拗さに照らすと、今後も被告が同様の行為に及ぶおそれが極めて強いから、原告は人格権に基づき、請求第一項記載のとおり、その差止めを求める必要性がある。

(二)  謝罪広告

被告の信用毀損行為によって原告がその人格的権利について被った損害は、金銭賠償のみでは補填しえないから、別紙目録(2)記載のとおりの謝罪広告の掲載が必要である。

(三)  損害

(1) 逸失利益

被告の不法行為以前の平成四年一二月から平成五年一一月までの一年間において、原告の被告に対する売上高は一億一四〇九万五七五五円、全体の売上高は一〇億六四四六万九八九七円、原告の経常利益は二億八九九五万八四一六円であり、その利益率は約二七パーセントであるから、右期間において原告が被告との取引で得た利益は三一〇七万九三四二円であった(全体の経常利益÷全体の売上高×被告に対する売上高)。したがって、右不法行為がなければ、原告は、被告との取引によって、今後五年間は右利益を得られたはずであるから、一億五五三九万六七一〇円(一円未満切捨て)が原告の被った損害である。

(計算式)

二億八九九五万八四一六÷一〇億六四四六万九八九七円×一億一四〇九万五七五五円×五年間

(2) その他の無形損害

原告は、被告の本件各文書による信用毀損行為により、営業上無形の損害を受けており、これを金銭的に評価すれば一億円を下らない。

(3) よって、被告の不法行為により、原告の被った損害は、合計二億五五三九万六七一〇円を下らないから、原告は、被告に対し、右損害額の内金二億円の支払を求める。

【被告の主張】

(一)  原告の差止め、謝罪広告、損害賠償に係る各請求はいずれも争う。

(二)  原告は、直接消費者に販売せず、被告を含む販売会社等に製品を卸すことによって利益を得ている。しかし、被告は、原告から商品を仕入れる法的義務はないから、被告が原告との取引を中止してもその損害について法的責任を問われる筋合いはない。

(三)  被告は独自の無店舗販売方式を採る会員制の販売組織であり、会員は被告を信頼し、被告が提供する商品を自用ないし一般消費者に販売するという関係にあるから、被告が原告との取引を中止して取扱製品を変更すれば、会員も新しい製品を購入することになる。したがって、本件各文書を送付しなかったとしても、被告が原告製品の購入を中止すれば、会員が他の原告製品の販売会社から購入することはないから、原告が損害を被ることもあり得ず、本件各記事の配付と被告の会員が原告の製品を購入しなくなったこととの間には相当因果関係がない。

第三 当裁判所の判断

一  第二の一の事実、《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。

1 原告のジュポン化粧品の製造、販売に係る経緯

(一)  原告は、昭和四二年の創業以来、液体ファンデーションを中心とするメイクアップ化粧品等の製造、販売に従事してきた。

(二)  本件商品は、原告が製造から販売会社等に対する卸販売まで一貫して管理している化粧品(以下「ジュポン化粧品」という。)中に含まれており、昭和五九年五月から平成五年五月ころまで、本件商品の外装箱及び容器には原告の登録商標(『ジュポン』ないし『スリーハートマーク』)が付されており、また、例えば「ジュポンゴールド一号」というように、各商品名として全て「ジュポン」という名称が冠されていた。

右『ジュポン』 という標章は、昭和四一年八月に出願、昭和四一年一月に商標登録され、『スリーハートマーク』の標章は、昭和五九年五月に出願、昭和六一年八月に商標登録されたものである。原告は、前者については当時の原告代表取締役兼商標権者であった荒平から昭和五三年六月に、後者については当時の商標権者の有限会社アラヒラ(代表取締役は右荒平が兼務。以下「アラヒラ」という。荒平は、昭和五七年九月に右権利をアラヒラに譲渡していた。)から昭和六三年一月に、それぞれ通常使用権の設定を受け、以来、継続的に使用してきた。

原告は、右ジュポン化粧品の他にも、第三者の委託により「ロマニー化粧品」や「ベルリッチ化粧品」を製造していたが、原告の生産量全体の数パーセントにすぎず、原告の営業収益の大部分はジュポン化粧品の卸販売によるものであった。

(三)  原告は、創業以来、訴外株式会社ジュポン化粧品総本舗(以下「総本舗」という。)を主要な取引先としてジュポン化粧品を卸販売していたが、平成三年ころ、総本舗の経営が悪化して原告に対する買掛金の不払が続いたため、原告も資金繰りに窮し、同年二月一二日には不渡手形を出したのみならず、同年三月には総本舗が倒産したため、原告は連鎖倒産の危機に陥った。そこで、同年四月、荒平に代わって荒平の長女の夫である上岡淑郎(以下「上岡」という。)が原告の代表取締役に就任し、連鎖倒産を免れるため、原告の再建に取り組むことになったが、同年五月三一日現在の原告の負債総額は、合計一二億六五九八万九一〇八円にも達していた。

(四)  原告は、上岡らの新体制による企業努力により、連鎖倒産の危機を脱し、約半年後には再建の目途が立ったものであるが、同年九月三〇日に至り、前記ジュポン化粧品の商標権(『スリーハートマーク』及び『ジュポン』)がアラヒラから訴外木内輝男(以下「木内」という。)に譲渡され、平成四年一月二七日に移転登録された。その結果、原告は、木内に対し、商標権の使用料を現実に支払う必要が生じたことから、木内との間で商標使用料について交渉したが、木内から極めて高額の使用料を請求されたため、結局、ジュポン化粧品の商標使用権を放棄せざるを得ない事態に追い込まれた。

(五)  そこで、原告は、右の対応策としてコーポレートアイデンティティー(自社の業務目的を再認識し、期待される社会的役割を自覚、表明する自己規定)を採用して企業イメージを一新することにし、その一環としてジュポン化粧品の商標の使用を中止することを決め、被告を含む販売会社等に対し、平成五年五月ころ、ジュポン化粧品の外装箱及び容器に付いている『スリーハートマーク』を順次取り外すこととした旨を通知した。そして、原告は、平成六年には、「人と自然と美」を新たな企業イメージとして掲げ、全化粧品の無香料化を実施すること、ロゴマークも自然をイメージした「若葉を摸したロゴマーク」(以下「若葉マーク」という。)へ変更することを決定した。

そのため、従来、『ジュポン』という言葉を冠して表示されていた商品名に『ジュポン』という表記が付加されなくなってしまった。また、右無香料化に伴い、個々の商品のシリーズ名も一部変更され、例えば、主力商品であるファンデーション中の、従来「ゴールド」、「カルマン」、「ナンスィート」、「スペシャル」と表示されていたシリーズについては、「カルマン」は「フォセット」に、「ナンスィート」は「ナチュラルスィート」というように名称が変更された。

2 被告の設立から本件各文書の送付に至るまでの経緯

(一)  被告代表者は、昭和四九年ころ、化粧品の販売会社である前記総本舗に入社し、ジュポン化粧品の販売に従事していたが、昭和五三年四月、当時の原告及び総本舗の代表取締役を兼務していた荒平の承諾の下に、従来の理容・美容室媒体の再販ルート以外に直販ルートを作ることとし、総本舗の事務所の一部を借り受け、「サロン・ド・ジュポン』という名称のサークルを設け、これを発展拡大した上、昭和五四年五月一〇日、被告(当時の商号は「株式会社サロン・ド・ジュポン」)を設立した。以後、被告は、総本舗からジュポン化粧品を仕入れて販売活動を行ってきた。

(二)  被告は、創業以来、<1>宅配のコミュニケーション紙に試用見本の提供広告を掲載する、<2>使用見本の応募者に試用見本を送り、その中の商品を購入した者を通じて一般消費者に対し、更に試用見本を配ってもらう、<3>応募者をして一般消費者に成分等の説明や継続的使用を勧誘してもらう、<4>継続的使用を希望する愛用者(一般消費者)が集まると、その愛用者への商品取次ぎという形で右応募者を販売会員として組織する、<5>右方法で販売会員を逐次拡大する、という独自の無店舗販売方式で、ジュポン化粧品を販売し、会員を獲得してきた。

(三)  右会員は、販売会員と愛用者会員の二種類に分けられる。すなわち、被告から化粧品を購入して格下会員に販売するのが販売会員であり、被告又は販売会員から化粧品を購入して自分で利用するのが愛用者会員である。販売会員は、更に代格会員(代理店格の会員という意味)、準代格会員、特格会員(特約店格の会員という意味)、そして通常会員に分けられる。これらの区別は、販売実績に応じて待遇(定価に対する仕入値の掛け率。定価との差が会員の利益率となる。)を良くする昇級制度(ワークアップシステム)が採られていることに基づくものである。代格会員は販売実績が月一〇〇万円以上五〇〇万円未満、準代格会員は月五〇万円以上一〇〇万円未満、特格会員は月一〇万円以上五〇万円未満の会員であり、この三者が「母体会員」と総称されている。なお、平成五年当時の会員数は約二四〇〇名に達していた。

(四)  被告は、当初総本舗と取引をしていたが、平成三年三月の総本舗の倒産後は、ジュポン化粧品の製造元である原告から直接ジュポン化粧品の供給を受けるようになった。そして、前記のとおり、原告も同年二月に手形の不渡りを出し資金繰りに窮したことがあり、被告代表者は、同年七月一七日、当時の原告工場長であった高橋俊之から、ボーナスの支給額や原告代表者の経営方針に対する不満があること、退職を決心する原告社員まであることなど、原告の経営が危機的状況にある旨の報告を受けた。

ここに至り、被告代表者は、原告から将来にわたって安定的に商品の供給を受ける見通しについての不安を抱くとともに、日頃から販売会社として独自の商品群を持ちたいという希望を有していたこともあって、化粧品を製造する新会社及び新工場を設立することを企図し、同年九月ころ、原告製品を扱う他の販売会社等に対し、「(新)製造会社設立に対する一つの提案」、「ジュポン再販ルート組織展開図」と題する書面を配付して、ジュポングループの経営体制を批判した上、新会社の設立を呼びかけた。そして、被告代表者は、同年一〇月六日、前記高橋や右販売会社等の役員ら六名を集め、新会社設立の構想を説明するとともに、新会社及び新工場の設立への参加を働きかけたが、結局、右計画は実現しなかった。

(五)  その一方で、被告は、平成三年に原告との直接取引を開始した当初から、原告に対し、ジュポン化粧品と同一の中味であるが名称を異にした化粧品を被告のために製造、販売してほしい旨を要請していた(被告は原告に対し荒平が原告の代表者であった当時から右要請をしていたものである。)ところ、前記のとおりジュポン化粧品の商標権が木内に移転登録されたことが契機となり、原告は、平成四年七月ころ、右被告の要請について、現金仕入れを条件に受け入れ、従来のジュポン化粧品と同じ中味ではあるが、「サンミモレ」と呼称することとした化粧品(以下「サンミモレ化粧品」という。)を製造し、これを被告に卸販売するようになり、被告の卸価格の値下げ要求にも応じた。

(六)  右のような経過を辿り、被告は原告からジュポン化粧品ブランドに代えてサンミモレ化粧品を仕入れて販売するようになったが、この化粧品の名称、色番号、色の組み合わせはジュポン化粧品と非常に類似しており、例えば、ジュポン化粧品の中で最も出荷本数が多くその主力商品である「ゴールド」シリーズについては、その名称、色番号、色の組み合わせが全く同一であった。

被告代表者は、サンミモレ化粧品の品数を更に増やし、サンミモレ化粧品の内容を拡充することを図り、原告に対しその製造販売を申し入れたが、原告は市場が余りにも混乱することを恐れてこれを断った。

(七)  被告は、原告からサンミモレ化粧品を仕入れるようになった後も、従来のジュポン化粧品の仕入販売を継続していたものであるが、前記のとおり、ジュポン化粧品の商標権が木内に移転され、原告において企業イメージを刷新し、右商標の付された従来の商品の製造を中止し、新たに若葉マークを付した無香料化粧品を製造販売し、これを主力製品とするような動きをしたため、平成六年六月以降、『ジュポン』及び『スリーハートマーク』という商標を付した化粧品(以下「ジュポン商標付化粧品」という。)が被告に対し安定的に供給されなくなってしまった。例えば、原告は、平成六年八月五日、被告に対し、「ゴールド」及び「カルマン」というシリーズないし商品名の化粧品に代わる「ゴールドセット(新)」及び「フォセット セット(新)」という名称の商品を見本として納品したが、これらには登録商標等(右『ジュポン』及び『スリーハートマーク』)が付されていなかった。

(八)  もっとも、原告はジュポン商標付化粧品の売上状況に合わせながら段階的にその製造を中止していったため、平成六年六月以降も依然として製造されていたジュポン商標付化粧品もあった。例えば、原告は、平成七年七月に「ジュポン ナンスィート」、同年八月に「ジュポン ナンスィート ブラック」、同年一一月に「ジュポン ナチュラルオイル」、平成八年二月に「ジュポン カクテル ルージュ」という名称で、かつ、その外装箱に「スリーハートマーク」が表示された化粧品を製造していた。なお、被告は、右外装箱にある製造年月日は、製造中止済みのメーカー在庫商品に最近の年月を印字して作出したものであると主張するが、右主張を裏付ける客観的証拠はないから右主張は採用できない。とはいえ、例えば、右平成八年に至っても原告がなおジュポン商標付化粧品を製造していた理由は明確でない。)。

(九)  右状況下で、原告から被告に対するジュポン商標付化粧品の供給量及びこれに伴う被告の在庫量が次第に減少し、被告から会員に対して安定的にジュポン商標付化粧品を供給する保障がなくなってきたことなどから、被告代表者は、ジュポン化粧品からサンミモレ化粧品への移行を円滑に行うため、会員に対し、ジュポン商標付化粧品の製造や在庫の状況について告げておく必要があると考え、平成六年一〇月から同年一一月にかけて、「旧商品の在庫表」、「商品一覧表」と題する書面、母体会報及び広場に本件第一記事を、母体公報に本件第二記事を各掲載して会員に送付した。右のうち、母体会報は母体会員にのみ送付されたにすぎないが、広場は通常会員を含む全会員に配付された。

平成六年一一月三〇日当時の原告の負債総額は八億八五六一万六七九二円であった。

二 以上の事実経過、前記本件各記事の内容を前提として、被告が本件各記事を会員に対して配布した行為(以下「本件配布行為」という。)の違法性の有無について検討する。

1  ジュポン商標付化粧品の意義及び本件配布行為の態様

前記のとおり、原告は、長年にわたり『ジュポン』及び『スリーハートマーク』という商標を付されたジュポン商標付化粧品を重点的に製造、販卸売してきたものであり、被告以外の第三者からの委託に基づく右ブランド以外の化粧品も一部製造していたものの、営業収益の大部分をジュポン商標付化粧品の製造、販売に依拠していたものであるから、ジュポン商標付化粧品は原告の根幹を支える主要な商品であり、原告の信用を築いてきた代表的なブランド商品というべきである。

一方、そのことは永年にわたり総本舗ないし原告からジュポン商標付化粧品を購入し転売していた被告及び会員にとっても同様であったというべきところ、本件各文書は前記のとおり被告傘下の会員に対してのみ送付されたものであり、それ以外の第三者が読むことを直接には予定していなかったものであるから、本件配付行為が原告に対する違法な加害行為(信用毀損行為)に該当するかどうかは、右会員の立場に立ち、その普通の注意と読み方とを基準とした上で、それが社会的許容限度を逸脱しているかどうかで判断するのが相当である。

(一)  本件第一記事の内容、ブランドの意義等について

(1) 本件第一記事中の「ブランド」とは、商標ないし銘柄を意味するが、商標には、同じ商標のついている商品の品質が同一であることを示す機能(品質表示機能)と他の商品と識別する機能(商品識別機能)があり、殊にイメージを大切にする化粧品においては重要な意味を有するところ、本件の『ジュポン』、『スリーハートマーク』の付された化粧品を継続的に仕入れて販売ないし使用してきた会員が、「ジュポン化粧品ブランド」、「ジュポン化粧品ブランド商品」から想起するのは、通常、右商標自体ないし同商標の付された化粧品(ジュポン商標付化粧品)であるというべきである。

(2) ところで、被告の発行した「商品一覧表」と題する書面、母体会報及び広場には「ジュポン化粧品ブランド製品」、「ジュポン化粧品ブランド」ないし「今迄のジュポン化粧品」が「製造中止ないし製造が打ち切られた」旨の記載 (右ブランドの使用を外したというにとどまらない。)があり、他方、「7月以降からジュポン化粧品ブランド製品が造れなくなれば、これに代わる名称で造るのが当然ですが何と、何と三つの化粧品ブランドで造った」などという記載のあることが認められる。

したがって、本件各文書を一連の文書として会員の普通の注意と読み方を基準として全体的に考察すると、原告はジュポン化粧品ブランド製品の製造を中止したが、同ブランドが付された製品以外の化粧品については平成六年七月以降も製造するとの印象を受けると見るのが自然かつ合理的であって、原告が化粧品の製造を一切中止したという印象を受けるとまでは到底認められないというべきである。

そして、原告は、本件第一記事は原告が『ジュポン化粧品』の総称のもとに消費者に観念される一群の化粧品の製造を一切中止したとの印象を与える旨主張するが、その読者が会員であって、化粧品における商標の前記商品識別機能に照らすと、原告の右主張は容易に採用することができないものというべきである。

(3) 右(1)、(2)によると、本件第一記事は、会員に対し、前記のとおり重要な意味を有する右ブランド商品の製造、販売を中止したか早晩中止することを告げているものであり、それによって、少なくとも原告の経営に重大な支障が生じているのではないかとの印象を与えるもので、その限りで会員の原告に対する信用を相当程度低める内容を有するものといえるが、それ以上に殊更に原告の信用を毀損する内容を有するものではないものというべきである。

(二)  本件第二記事について

本件第二記事の内容に照らすと、会員において、原告が一一億円にも及ぶ多額の負債を抱えており、その経営状態に重大な不安が存在するとの印象を受けることは明らかであるから、その限りで原告の信用を相当程度低める内容を有するものというべきである。

2 本件各記事の内容の虚偽性

(一)  本件第一記事について

前記認定のとおり、原告は、平成六年ころ以降もジュポン商標付化粧品を製造していたものであるが、ジュポン化粧品の商標権が木内に譲渡され、右商標を継続的に使用していくためには多額の使用料を支払わなければならない状況に直面したことから、平成五年ころまでには従来のジュポン商標付化粧品から『ジュポン』という表示を外し、『スリーハートマーク』に代えて『若葉マーク』を付した新しい化粧品を製造することを決定していたものの、右変更をジュポン商標付化粧品の売上状況に合わせながら段階的に実施したことから、実際の製造中止時期は各商品によって区々になったものである。一方、平成六年ころ、原告の被告に対するジュポン商標付化粧品の供給が減少し、被告におけるジュポン商標付化粧品の在庫量は僅かなものとなっていた。

右各事実に鑑みれば、具体的な製造中止の時期は若干相違するが、本件配布行為のあった当時、早晩、原告が右ジュポン商標付化粧品の商品の製造を中止するに至ることは明らかな状況にあったというべきである。

そうすると、本件第一記事の趣旨内容は、その主要部分において概ね真実であって、それが虚偽であるとまではいえないものである。

(二)  本件第二記事について

平成六年一一月三〇日当時の原告の負債総額は八億八五六一万六七九二円であったことは前記認定のとおりであり、一一億円には達していなかったことからして、本件第二記事の内容は正確なものではなかったというべきであるが、その当時も原告がなお相当多額の負債を抱えていたことは否めないから、被告が会員に対して提供した原告の経済的信用状態に関する情報が虚偽であったとまではいえないというべきである。そして、前記のとおり、平成三年五月三一日現在の原告の負債総額は一二億六〇〇〇万円強であり、被告代表者は右事実を本件配布行為当時把握しており、そのような知識を前提として本件第二記事が作成されたものである(被告代表者)から、殊更に根拠のない虚偽の数値を記載したというものではなく、それが若干不正確なものであったとしても、それが虚偽であるとまではいえないし、少なくとも、全く根拠のない虚偽の数値を記載したものではないことは明らかというべきである。

3 本件各文書の配布先について

本件各文書は、被告傘下の会員に対して送付されたものであるところ、前記のとおり、<1>会員は、被告との取引を通じて原告製品を仕入販売あるいは自用しているのであり、原告と会員との間には直接の契約関係がないこと、<2>被告は、創業以来、宅配のコミュニケーション紙に試用見本の提供広告を掲載し、使用見本の応募者に試用見本を送り、その中の商品を購入した者を通じて一般消費者に対し、更に試用見本を配ってもらい、応募者をして一般消費者に成分等の説明や継続的使用を勧誘してもらい、継続的使用を希望する愛用者(一般消費者)が集まると、その愛用者への商品取次ぎという形で右応募者を販売会員として組織し、右方法で販売会員を逐次拡大する、という営業努力によって会員を開拓してきたこと、<3>会員は、単に被告から商品を仕入れて販売又は自用するという関係にあるのではなく、販売会員と愛用者会員に区別され、前者はさらに代格会員、準代格会員、特格会員、通常会員に分けられ、これらは販売実績に応じて仕入れにおける利益率がそれぞれ異なっており、会員の営業努力がその収入に反映されるという仕組みになっていることが認められる。

右各事実によれば、会員は原告と直接取引関係がないのに対し、被告とは営業的に密接な関係にあり、会員はいわば被告の販売組織の一部を形成しているというべきであるから、被告において販売組織の一部である会員に対して配付した本件各文書はいわば内部文書に当たるものである。そうすると、仮に本件各記事が信用毀損記事であるとしても、本件は、被告の会員以外の者(販売会社等やその他の消費者等)に殊更本件各文書を送付した場合とはその趣旨を大いに異にし、本件各文書によって原告が受ける信用毀損の程度は一般的相対的に相当低いものというべきである。

4 本件各文書の送付の動機・意図

(一)  前記認定事実によれば、<1>原告は、平成三年ころ、主要取引先であった総本舗の手形不渡、倒産により連鎖倒産の危機に直面したが、上岡らの努力により再建の見通しがつき、被告は総本舗に代えて原告と直接取引を行うようになったこと、<2>原告は、ジュポン化粧品の商標権がアラヒラから木内に譲渡され、高額の使用料を要求されたことから、右商標権の使用を中止し、被告に対して、平成五年五月、ジュポン化粧品から『スリーハートマーク』を外す旨の通知をしたこと、<3>被告は、原告に対し、総本舗の倒産前から被告独自のブランドを付した化粧品の製造を要請していたところ、平成四年七月、原告は、被告のためにサンミモレ化粧品を製造、卸販売するようになったこと、<4>被告は、サンミモレ化粧品を仕入れるようになった後も、ジュポン商標付化粧品の仕入販売も継続していたが、平成六年に至り、ジュポン商標付化粧品の在庫量や原告からの供給量が次第に減少したこと、<5>そこで、被告は、ジュポン化粧品からサンミモレ化粧品への移行を円滑に行うため、ジュポン商標付化粧品の製造、在庫等の実状を傘下の会員に告げておく必要があると考えて、本件第一記事ないし本件第二記事を記載した本件各文書を送付したものであることが明らかである。

すなわち、被告は、本件配布行為によって原告を害する意思などは全く有していなかったものであって、原告の経営及び商品自体の安定的供給と関連して被告が前記のとおりの不安定な状況に置かれたことから、被告からのジュポン商標付化粧品の供給が早晩停止されてしまうものと判断して、被告の取扱商品を被告独自のブランド製品に移行させることを決め、その手段として本件各文書を会員に送付して右状況についての説明をし、その説明の一環として、会員に対する内部文書として本件第二記事において原告の負債状況について言及したにすぎないものである(元来、原告のような不特定多数の顧客を対象として化粧品を製造販売している企業は公の存在というべきものであり、その負債額等に関する情報の開示は社会の健全な発展に寄与するものであるから、その限りで本件第二記事に全く公共性がないわけではないが、前記のとおり、本件各文書は元来そのような公共的目的から配布されたものではなく、会員という限定された者に配布されたにすぎないものであるから、右公共性の存否は直接本件の結論を左右しないものである。)。

そして、化粧品はイメージを大切にする商品であって、購入者にとっては販売商品に商標(ブランド)が付されているかどうかは重要な関心事であり、右商品を常に安定的に供給できるかどうかは被告のような化粧品販売会社にとっていわば生命線ともいうべきものであるから、前記状況下にあって、被告がその経営判断によって取扱商品の変更に踏み切ったことを非難することはできないものというべきである(被告が将来にわたって継続的に原告製品を仕入れなければならないような法的義務を負っていたと認めるに足りる証拠はない。)。

したがって、本件各文書を送付した被告の目的や動機は何ら不当なものではなかったというべきである。

(二)  右について、原告は、被告が原告の経済的苦境に便乗して原告の顧客を奪取すべく化粧品製造の新会社を作ろうと画策して本件配布行為をしたものである旨主張する。

確かに、前記認定のとおり、原告が経済的苦境に陥っていた平成三年ころ、被告代表者は、秘密裡に原告製品の販売会社等に書面を配布してジュポングループの経営体制を批判し新会社設立を呼びかけたり、原告の工場長や右販売会社等の役員を集めて、新会社、新工場設立への参加を働きかけた事実があり、また、被告代表者は、前記サンミモレ商品への移行を早くから企図していたものであるが、右新会社設立等の計画は本件配布行為当時既に完全に挫折していたものであり、本件配布行為自体は前記経緯(特にジュポン商標付化粧品の仕入れ在庫不足)、態様によってされたにすぎないものであり、しかも、被告傘下の会員は被告が自ら築いた販売組織であり、原告と直接契約関係に立つことはないから、原告主張のように被告が原告の顧客を奪取したということも証拠上到底認められないものであるから、仮に右原告主張のとおりであったとしても、本件配布行為が直ちに原告に対する違法性を帯びることにはならないというべきである。

5 以上の次第であって、本件第一記事及び本件第二記事の内容はその主要な部分において概ね真実というべきであって、虚偽とまでは認められず、しかも、本件各文書は、原告からのジュポン商標付化粧品の安定的供給が危ぶまれた状況下で、被告独自のブランド商品に移行するという被告の経営判断に基づき、被告傘下の会員に限定して送付されたものであるから、本件配布行為は、その目的及び態様において社会通念上正当な企業活動及び自由競争の範囲内の行為というべきであって、これを逸脱した社会的に許されない行為であるとまでは到底認められないものというべきである。

三 よって、本件全証拠によっても本件配布行為が不法行為に該当するとは到底認められないから、この不法行為を前提とする原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないに帰する。

(裁判長裁判官 伊藤 剛 裁判官 市村 弘 裁判官 林 潤)

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